市川に関する文学 検索結果

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中津攸子 [ナカツユウコ]

女流俳人、文筆家/1935-/東京都台東区浅草生まれ。

市川市との関係:
1950(昭和25)年から市川市八幡、東菅野、宮久保在住。

以下、市川市と関係がある作品:著作権法の範囲内で市川言及箇所を一部引用

かぐや姫と古代史の謎

1980(昭和55)年4月、新人物往来社。

p159 追記 “千葉県屈指の名門校、市川学園では、・・・(中略)・・・その第三教育部の選択した「市川学園百冊の本」の中にこの度『かぐや姫と古代史の謎』をご推薦いただきました。・・・”

風の道

1997(平成9)年6月、角川書店。 句集。「北から南へ」には、真間や葛飾八幡宮を詠んだ歌があり。

 “黒揚羽「辻切り」の辺をはなれざる” 等。

狩野浄天

1987(昭和62)年3月、真美社。 戦国時代の行徳に来住した狩野新右衛門の伝記。行徳地域の排水や灌漑を成功させた。

 第八章「行徳へ」、十五「行徳領安堵」、十六「行徳の村づくり」、二十四「源心寺の開基」等。

義民・松丸徳左衛門

2010(平成)年12月、新樹出版。

p25 “どんなにかふるさと市川を、北方村を夢見たであろう徳左衛門の魂を・・・”
p40 “私は北方村の徳右衛門という別の人を徳左衛門と思い込み供養していたのです。”

JALで行くロシア世界遺産紀行

2006(平成18)年1月。

p19 “私の住む市川にも全体のバランスを考えず、目立ちたいだけの変に高い建物が建っている。・・・”
p50 “船橋は私の住む市川の隣と思うせいかそのにこやかさが好ましい。”

万葉集の中の市川

1989(平成元)年3月、珠玉社。 万葉集で謡われた市川を解説。

 

万葉の悲歌

1978(昭和53)年11月、新人物往来社。 作者44歳の作。万葉集に赤人・虫麻呂によって歌われている手児奈の歌をもとに創作された歴史小説。

 “真間一族の生活の場は、下総西部の最南端にあたり、西側は国府台の平坦地と接続し、江戸川を眼下に見下ろす下総台地の丘陵上でしたから、・・・”

南アフリカ・世界遺産紀行

2007(平成19)年5月、真美社。

p87 “珍しく勝倉さんは私や籏野さんと同じ市川とのこと。何度も旅して市川の方に会ったのは今まで金杉さんだけ。これもご縁というか奇遇というか。・・・”
p9 “十五時二分、京成八幡で成田空港行きに乗り込み、人の話を聞くともなく聞いていた。”

宮久保の散策 『グラフ市川』

1987(昭和62)年3月、「シティボイス・市川の街から」3

p27 “源氏は白旗なので、市川に来て鎌倉幕府の基礎作りに成功した・・・”


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